เข้าสู่ระบบ休み明け、今日もあか姉とひよりの3人で登校。学校が近づくにつれ同じように登校してくる生徒も増えてきて、転校したばかりの頃のように騒ぎになるようなことはなくなったけれど相変わらずいろんな人から声をかけられる。
先日会話したことのある上級生の館山先輩や下級生のしのぶちゃんなどなど上級生下級生問わずあちこちから挨拶が飛んでくる。
言葉を交わしたことのある人なら名前は憶えてるけど、一度も口をきいたことのない人に挨拶をされてもさすがに名前までは憶えていない。
てゆーか年上か年下なのかもわかんない。
あと広沢さんって呼ばれるとわたし達の誰に挨拶してるのかわからない。
「あか姉たちも広沢なんだからちゃんと挨拶はしないとだめだよ」
「みんなゆきが目当て。わたしは顔見知りにはちゃんとあいさつを返してる」
ひよりも同じらしく、たしかに2人とも相手によってはきちんと挨拶を返してる。クラスメートか何かなのだろう。ひよりいわく「わたしたちはゆきちゃんのおまけ」みたいなものだというのだけど。
「ナニソレ。アイドルじゃないんだから」
「すでに十分アイドル的存在なんだけど。わかってないなぁ……。自己評価がちゃんとできてない人はこれだから、ねぇ」
「ゆきの天然はいつものこと。そこがかわいい」
わたしは天然じゃないと反論したら天然の人は自分を天然と認めないとあか姉にバッサリやられた。いつもみんなに気配りして行動してるから気づかい上手って言われてるくらいなのに!
「気づかい上手と天然は両立する。特にゆきの場合は自分に向けられる好意に対して壊滅的に鈍いから。こんなんでいつか恋愛なんてできるのか姉は心配」
「れ、恋愛って!そんなの……わ、わたしにはまだ早いよ……」
わたしの好きな人……。恋する人。考えるとなぜか少し胸がチクっとする。人を好きになるって事に興味がないというわけじゃないけど、きっとわたしは生涯恋愛なんてしないだろう。
今は歌とダンスに気持ちが向いていて色恋沙汰に興味がいく暇もないってのもあるけど、年頃になってもわたしが好きになるような人は現れない。というよりも自分が家族以外の誰かを好きになるということを考えられない。
「なんかごびょごにょ言って誤魔化してる。ゆきちゃんが好きになる人ってどんな人なんだろうな」
「……ほら、もうすぐチャイムも鳴るし教室に行くよ」
あか姉が話を切ってくれたのでその話題はそれでおしまいになってそれぞれ教室へと向かう。いいタイミングで終わらせてくれて正直助かった。
今日の午前中は特筆するようなこともなく、平和な時間を過ごして昼休みを迎えた。給食を食べ終えてから何もする気が起きなかったので今日は男同士コミュニケーションをとって気兼ねなく話せる男友達を作ろうと、男子が集まっているところにわたしも話しかけていった。
相変わらず男子はわたしと話すときになかなか目を見て話してくれないし、どこかよそよそしい態度で会話するんだけどこれもそのうち慣れるだろうと思い、最近ハマっている配信者やアニメの話なんかを振っていくとわたしもチェックしてなかったような面白いコンテンツを教えてもらえてそれなりに会話が盛り上がった。
ただ単に友達を作ろうと頑張っていた、それまでは。
前触れもなく珍客来訪。
「おぅ、広沢ってのはどいつだぁ?」
すいません、生まれる時代を間違えてますよ。速やかに昭和にお帰りください。と言いたくなるようないわゆる時代遅れのヤンキーが教室に乗り込んできて、どうもわたしの名前を呼んでいる。
日本とアメリカに住んでいろんな人を見てきた経験があるつもりだったけど、こんな生き物は初めて見たので何の用かよりも興味の方が勝ってしまった。
「広沢はわたしですけど」
おそらく上級生だろう。教室に入ってきたときの周りの反応でそう推測した。なので念のため敬語で話しかけたのだけどその先輩(仮)はわたしの存在が視界に入るなり少しの間固まってしまった。
なんだろう。実は先輩じゃなかったとか?なんか周りのクラスメートがあーって悟ったような顔をしている。
何かわかったなら誰か教えて?わたしは目的、意図ともにさっぱりわからない。
「てめぇちょっとかわいいからって随分調子こいてるらしいじゃねぇか」
また不可解な単語を使われた。調子こくってどういうことだ?だいたい男がかわいいから調子に乗るって論理は成立するの?
「あの、お名前は存じませんしおそらく先輩だと思うんですけど、わたしと先輩は初対面ですよね?会話したこともない人に調子がどうのと言われても意味が良くわからないんですけど……」
「生意気言ってんじゃねぇぞ、オカマ野郎」
「そういう容姿への罵倒は小さいころから言われてきたことなんでどう思われようとかまわないですけど、初対面の人に生意気だと言われたのは生まれて初めてなので対応に困ってしまうんですけど……」
舌打ちをしながらちょっと殺気を出して迫ってきたのでさりげなく立ち位置を変える。ここなら何かあっても誰かが巻き添えになってケガをすることもないだろう。
それにしても相手がどんな人間かもわからないのにいきなり乗り込んでくるというのはどういうことだ。そうだ!こういう場面そういえば漫画なんかでみたことあるぞ。
「ねぇ、これってひょっとして絡まれてるってやつ?」
近くにいた男子生徒へ尋ねてみる。
「ひょっとしなくても絡まれてるね」
「おぉ!」
思わず目が輝く。まるで青春アニメの主人公になったようでテンションが上がってしまった。
「アメリカにいたころアニメや漫画で見たことある!学校のてっぺん狙って誰が一番強いか決めるっていうアレですよね!?で、この後はどうなるんですか!?男子トイレ?体育館裏?それともまさか河原で決闘とか!?ひょっとしてあなたが番長とかいう人ですか?」
レアなイベントに遭遇するとテンションが上がるのは仕方がないよね。周囲の人たちはなんで嬉しそうなんだって疑問に思ってるみたいだけど。
わたしも男の子だからそういうバトル系の漫画はけっこう持ってるし好きだったりもする。
こんな展開はまるでアニメの中の主人公になって青春を謳歌してるみたいでなんだか胸が熱くなるじゃないですか。
「これから決闘の申し込みですか?果たし状とかは持ってきたり……はしてないみたいですね。やっぱり決闘の時間は夕暮れ時ですか?」
「……てめぇふざけてんのかコノヤロー。今この場でやっちまってもいいんだぞ」
別にふざけてるわけじゃなくて興味が勝ってるだけなんだけど、相手はそんな風には思わないらしくいっそうすごんで近づいてくる。
うわぁ本当に距離ちかーい。鼻息かかりそう。
てゆーかこんな狭いところで暴れるつもり?その可能性はあるかと思って最低限の対処はしてあるけど危ないよ?根本的なことも分かってないってことはいわゆるチンピラってやつなのかな。
武道をしてるせいでつい相手の力量を測る癖があるからその先輩の事も観察していたけど、体はよく鍛えられており素人にしてはそれなりに強いんだろうなとは思う。
だけど、鍛える筋肉のバランスがいまいちだし、動きに無駄が多くてわたしの相手にならないのは最初から分かってたので対応にも余裕があった。体幹もしっかり鍛えないと将来腰痛に悩まされるよ。
「怪我したら痛いですよ」
「ケガするのはどっちかな!」
そういうなり拳を繰り出してくる。顔を狙わずに胸板を狙ってくるあたり少しは紳士的なのかなと見直したけど、やっぱりこんな狭い空間での暴力は周りへの迷惑を考えていない野蛮人と言わざるをえないな。
これは少々痛い目にあってもらってもいいでしょう。伸びてきた手首をつかむとそのまま相手の突進力を利用して投げ飛ばす。
机と机の間にうまく投げられたのはさっきさりげなく立ち位置を変えたから。よく鍛えてあると言ってもさすがに机の上にたたきつけたらケガしちゃうからね。
ぐえっとカエルみたいな声をだして床にたたきつけられた。
受け身のひとつも取れないなんて喧嘩慣れしてそうな割には中途半端。
木の床に背中からたたきつけられたらけっこう痛いはずだけどそこは根性の見せどころなんだろう。苦しそうながらなんとか立ち上がり、再度拳を繰り出してきた。
さっきので実力差が分からないから素人さんは面倒なんだよね。頭に血が上ったのか今度は遠慮なしに顔面狙い。わかりやすい人だ。
その単純極まりない拳をいなしながら捻り上げて足を払い、床に押さえつけた。
負け惜しみや虚勢の類なんだろうけどまだ何か喚きながらもがこうとしてるので少し力を入れて身動きできなくする。
力の入れ方によっては脱臼もさせられる危険な体勢なんだけどわかってんのかな。体重をかけて腕と背中に痛みを与えながら現実を教えてあげる。
「先輩もストリートファイトでは強い方の部類に入るのかもしれませんけど、武道の世界ではまだまだヒヨコどころか無精卵ですよ。そのまま温めてもヒヨコちゃんは出てきません。つまりまだまだってことですよ。わたしに勝ちたかったらインドの山奥で10年ほど修行でもしてきてください」
この程度の実力でかかってこられても本当に赤子の手をひねる様なもの。
押さえつけていた手をゆるめて先輩を立たせてあげて、体についた埃なんかを払ってあげながらそう言うとさすがの先輩も圧倒的な実力差に気が付いたのかそれ以上食って掛かってくるようなことはしなかった。
「おめーつえぇな。なんかやってんのか」
「柔道と合気道、古流武術でもうすぐ黒帯ですよ。あとマーシャルアーツもかじってますけど」
そういうと先輩はとんでもねーなと言いながらしっかりと自分の足で立ち、さっきとはうって変わった爽やかな笑顔を向けてくる。背中痛いだろうに。
「おめー気に入ったぜ」というセリフがこれまたなんとも昭和アニメ風なやりとりで面白い。青春ですね。吹き出しそうなのをこらえてたんだけど、その次に出てきたセリフで全部台無し。
「惚れたぜ。俺の女にならねーか」
?……頭の打ちどころでも悪かったのかな。これだから素人は厄介だ。
「俺の彼女になってくれ!」
「なにトチ狂ってんの!」
やっぱり打ちどころ悪かったか!わたしは男だよ!わけのわかんないこと言ってないでとっとと帰れ!
この愉快だけどアホな先輩を蹴りだすように教室から追い出して戻ってくると、さっきまで話してた男子たちが大丈夫かと気遣いながら寄ってきてくれる。野球部の木野村君が最初に声をかけてくれた。
「助けることもできずごめんな。男として情けない」
「わたしも男だから!でも弱そうな存在を守ろうとする姿勢は男の子って感じだね。そうゆうところけっこう好きだよ」
助けようと思ってくれた木野村君に感謝の気持ちを込めて笑顔でお礼を言うと奇妙な音を発しながら顔をそむけられた。なんか耳が赤いような気もするけど、それよりよく聞こえない声でブツブツ言ってる。
(男……、広沢は男……)他の生徒がわかるぞーみたいな顔で木野村君の肩をポンポンとしてるけど、なんかおかしなことしちゃった?
「それにしてもダンスのキレがすごかったから運動神経がいいのは分かってたけど、こんなに強いとは思わなかったよ」
まだ赤い顔のままでわたしを直視してくれない木野村君に変わってそう聞いてきたのは成績優秀な槇塚君。
「わたしこの見た目通り昔から華奢だったからさ、護身術くらいはと思ってね。武道の黒帯って聞くだけでうかつに手を出せないような威圧感あるでしょ。まだ黒帯もらえてないけど」
「なるほど。さっきも先にそのこと言えばよかったのに。それになんで空手はやらなかったんだ?変なのを撃退するのは空手が一番手っ取り早そうな気もするんだけど」
武道を手あたり次第習っていたわたしはもちろん空手にも手を出してはいる。
一応帯を取れるくらいの実力はあるけどそこまで本気ではやっていない。どうしても相手を傷つけてしまう確率の高くなる空手は好んでやろうとは思えなかったからだ。
それに空手をやっていると聞くと余計好戦的になる輩もいると聞くのでそれも含めて空手は敬遠してしまっている。
そんな説明をすると天狗になってると思われそうなものだけど、逆に感心されてしまった。
「絡んでくる相手にまでケガさせたくないとか広沢は優しいんだな」
なるほど、面と向かって褒められるとけっこう照れるな、今度はわたしの顔が赤くなる番だ。気持ちがわかったよ木野村君(分かってない)
「誰に対してもってことじゃないよ。わたしの大切な人を傷つけるような人にはけっこう容赦ないから」
はにかみ笑いでそんなことを言って誤魔化す。
「それも優しさの一種だろ」
「そんな褒めてもなんも出ないぞ」
「ちぇ。広沢のお弁当くらいごちそうしてもらえるかと思ったのに」
それくらいなら毎日やっていることだし得意分野でもある。褒め殺しにかなり照れくさくなっていたのでつい「機会があったらいいよ」と答えてしまっていた。
実際にそんな機会なんて土日の部活に出てる子か遠足の時くらいしかないんだけど。
「マジで!?」
いっせいに他の男子が騒ぎ出す。「ずりーぞ!」「テメーさりげに点数稼ぎやがって!」「俺にもよこせ!」割とガチ目の批難が槇塚くんに浴びせられている。
涙目になっている子もいるし、けっこう本気モードっぽい。男の作ったお弁当にそこまでの価値があるもんなんだろうか?
「あーやっちゃったねー」
噂好きでクラスのムードメーカー的な穂香が寄ってきてそんなことを言う。
「なんで?友達同士でおかずの交換するとか普通の事じゃないの?」
「はぁ……同性同士でやるのとはちが……いや、ゆきも男の子だったね。あー、でもそのビジュアルはみんなを混乱させるんだよ。にもかかわらず本人はあくまで同性のつもりだし。まったく無自覚さんはこれだから」
「中身はちゃんと男だよ?」
「そんなあどけない顔で言われても説得力がね……。まぁ、ゆきはそのまんまでいいんだよ。そんな純粋で天然なゆきが大好きだからね!」
クラスでも天然と言われてしまった。自分のどこらへんが天然っぽいのかさっぱりわからないけど、表情を見ればけなされているわけじゃないのは分かる。大切な友達から大好きと言われるのはけっこう嬉しかったので、「わたしも穂香の事大好きだよ」と微笑む。
「ぬはぁ……。女の私でもけっこうくるな、こりゃ。年頃の男子どもはひとたまりもないか……」
「?」
「まぁどのみち男どもに弁当を作ってあげるのはやめときな。なんか血を見そうな雰囲気だし、どうせなら部活で腹ペコになっているわたし達にゆきのお弁当を差し入れておくれ」
家庭科の調理実習でわたしの料理の腕前はみんな知っている。そのときもみんなわたしの作ったのが一番おいしいと言って食べてくれていた。
土日の午前中なら空いている時間に作って持ってくることもできるし、それでみんなが幸せそうな笑顔を見せてくれるなら持ってきてもかまわない。部活にも少し興味はあるし。
「たまにならいいけど」と言うが早いかさっそく「ゆきちゃんのから揚げが食べたい!」と文香からの即答。
文香がリクエストをすると他の女の子たちも乗っかってきてそこからはわたしがどんな料理を作れるかなどの話になってしまい、結局男子と仲良くなる計画は珍客来訪からの流れで話題を変えられてしまい中途半端に終わってしまった。
チャンネル登録者100万人突破という目標を達成してとりあえずVtuber活動にも一区切りがつき、時間的にも余裕ができていたのを目ざとく察知したひより。 お兄ちゃん大好きを公言するひよりがそのチャンスを逃すはずもなく、どこかに遊びに行こうとせがまれた。 スケジュールにも空きがあるので遊びに行くこと自体はいいんだけど、問題は提案されたその行先。 せっかく夏なんだから海に行きたいと声を揃えて提案されたものの断固拒否。 あまりにも強く拒否をしたものだから、理由をしつこく問いただされてしまう。 恥ずかしいから言いたくなかったんだけど、さすがに誘いを拒否したうえに黙秘と言うわけにもいかず渋々理由を告げると全員に大爆笑されてしまった。 笑い事じゃなく本気で恥ずかしいんだからね! その理由はさらに胸が大きくなってしまったというわたしにとっての衝撃的事実。前に買ってもらったブラがかなりきつくなっていたのだ。 そんなことなかなか言い出せず黙って苦しい思いに耐えていたんだけど、姉妹たちに自白したらさっそく新しいものに買い替えるためにもサイズを測りに行こうという話に。 案の定Cカップにサイズアップ。まぁわかってはいたんだけど……。 そして当然のごとく選ばれるフリフリの付いた下着たち。あぁまた女体化が進行してしまう……。 さらに成長してしまった胸をひっさげて人の多く集まる海やプールにおもむいて衆目にさらすことに対しどうしても恥ずかしさを拭うことができないので、今年はわたし抜きで行ってくれるようお願いした。 でもわたしがいないとつまんないという理由で結局今年は誰も泳ぎに行かなかった。4人で行ってくればいいのにと思ったけど、わたしがいないところでナンパ男にちょっかい出されるのも不快だから結果的にはよかったかな。 その代わり少しでも涼しいところへ遊びに行こうということで水族館巡りをすることに。 近場の水族館に行った後、ジンベエザメを見たいということで関西まで遠征したりもした。 楽しかったけどよく考え
忘れていた。というより忘れたままにして何事もないように過ごしていたかった。 だけどそういうわけにもいかず、とうとうその日を迎えることになってしまう。 プール開き。 来週からいよいよプール授業が始まる。どこの学校にもある行事だろう。 楽しみにしていたという生徒も多い。 無料でプールに入って涼めるのだから日本の暑い夏を過ごすのにこれほどありがたい授業は他にないだろうとも思う。 だけどそれはあくまで一般生徒にとってのお話。いや、わたしも一般生徒だけれども。 ただわたしには決して忘れてはいけない特殊な事情がある。 この無駄に膨らんだ胸だ。 どうすんだよ、水着。 もちろん男子と同じ下だけというわけにはいかない。 かといって女子用のスクール水着だと股間が大変なことになってしまう。 いっそのことずっと見学ということにしてもらおうかと思ったが、ズルをしているみたいで心情的にイヤだし、クソ暑い中水遊びに興じるクラスメートをただ眺めているだけというのもなかなかに拷問チックな絵面。 学校には校則と言うものがあるので、より姉が主張するように好きな水着を一人だけ着させてもらうというわけにもいかないだろう。 というわけで担任の瑞穂先生に相談しているのだけど、なかなか妙案と言うのは浮かばない。 職員室のパソコンで水着を検索しているのだけど出てくるのはより姉が見たら喜びそうなかわいいものばかり。『学校 水着』で検索すれば出てくるのはスクール水着のみ。これもう詰んでない? ちょうどその時、2年生の体育を担当している船越清美先生が授業を終えて帰ってきた。「瑞穂先生に広沢さん、2人揃ってパソコンにかじりついてどうしたの?」「広沢さんの水着を探しているのよ。ほらこの子、男の子なのに胸が出てきちゃったでしょ?それで学校指定の水着では男女どちらのものを着ても問題があって……」 さすがに職員室の中なのでバストや股間と言ったセンシティブな単語は避けて話してくれてはいるけど、自分の
翌日、週初めの学校では彩坂きらり×YUKIコラボの話題で持ちきりだった。「すごくよかったよね!」「歌も当然だけど2人の掛け合いも息が合っていて面白かった」「ほんとあの2人の歌唱力は抜群だよね」「プロの中でもあの2人より上手い人なんてなかなかいないんじゃないか」聞こえてくるのは好評の声ばかり。少し面映ゆい。「あの2人と同じくらい歌が上手いプロって言えば岸川琴音くらいじゃない?」 その名前を聞いて思わず体がピクリと反応してしまった。幸い誰にも気づかれていなかったけど、懐かしい名前を聞いたもんだ。 岸川琴音。ピーノちゃんの名前が売れすぎて陰に隠れてしまっていたけど、2人で踊るふわふわダンスの相方だった人。 わたしが引退した後は子役から歌手に転向し、今では押しも押されもせぬトップアイドルの歌姫。歌だけじゃなくダンスのセンスもあるのだけど、「ダンスはピーノちゃんとしか踊りません」と封印してしまい今はその抜群の歌唱力のみで歌姫として芸能界に君臨している。「怒ってるんだろうな」 もともと引っ込み思案で子役たちの中でも目立たない存在だった琴音ちゃん。ピーノちゃんの番組が始まるときに「この人と歌いたい」と言って歌の世界に引きずり込んだのは他ならぬわたしだ。 その張本人が突然理由も告げずにいなくなってしまったのだから残された琴音ちゃんには恨まれて当然だろう。 わたしが素顔の露出を躊躇してしまうもうひとつの理由であったりもする。 でも逃げ回っていても仕方ないし、不義理をしたままなのもイヤだ。来年素顔を出したときにはこちらから連絡を取って素直に謝ろう。 連絡先知らんけど。 今はまだVtuberとして素顔を隠しているので、子役のこと含め正体を明かすわけにはいかないけど、これも素顔をさらすときに覚悟しておかないといけない課題のひとつか。「ゆきも岸川琴音は知ってるでしょ?」 ふいに穂香が話題を振ってきた。今まさに考えていたことを突然降られて少し動揺してしまったけど、気持ちを落ち着けて何食わぬ顔で返答する。「もちろん、日本の歌姫って呼ばれてる
午前中は別の用事で潰れてしまったけど、午後からいよいよ家族そろっての東京観光だ。 まず、東京に来たらここでしょうとばかりに向かうはスカイツリー。新しくできた東京のランドマークと言うことでやっぱり人が多い。人ごみをかき分けるようにして展望台の中でも一番見晴らしがいい場所までたどりついた。「おぉ、たけー」 ……だよね、それ以外に感想なんて浮かばないし。 夜景とかだったらキレイーとかあったかも知れないけど、残念なことに時間は昼でしかも天候もくもりだったのでそんなに遠くの景色まで見えない。富士山も見えない。 それにしても感想が「高い」だけというのも少し感性が低いのかなって不安になる。歌い手には感性が命なのに!「おーたっけーな」「うん、高い」「ほかに感想は出てこないんですか」 どうやらみんな似たようなもんらしい。ちょっと安心。 いつも元気なひよりはというと、実は高所恐怖症で展望台の中心部分から一歩も動かず決して端によろうとしない。「こっちおいでよ」と言って誘うと野生動物のように威嚇してくるくらいだから余程怖いんだろう。エレベーターで上がってくるときも目をつぶって何やらブツブツ念仏みたいなのを唱えてたもんな。 でもこうやって何も考えずに景色を眺めるのもたまにはいいかもしれない。 普段は朝からご飯を作ってそれから学校に行き、部活が終わって家に帰るとまた晩御飯を作って食事が終わったら少しの時間家族と会話してそのままスタジオにこもって曲の収録やらダンスの練習をして収録、動画投稿。終わったら後はお風呂に入って宿題をやって眠るだけ。 休日も3食作る以外はスタジオにこもりきりと言っていい状態。 そんな有様だからこうやってゆっくり何もしない時間を楽しむというのも久しぶりの事だ。 これはこれでリフレッシュになるだろうから、これからは意識して何もしない時間と言うのを作っていった方がいいかもしれない。 人間何かに忙殺されてしまうと視野も狭くなってしまうしね。そういえば最近は星空もゆっくり眺めることができていないな。 スカイツリーから出てくるとひよりも復活して、これからが本番だと張り切っているので何をするのかと思いきやショッピング。「ここからはゆきちゃんが主役だよ~」 ひよりの言う通り家族がそろい、そこにわたしもいるということはいつもやることが決まっている
配信が21時開始のため終わった時点ではもうすっかり夜更け。手早く後片付けをしてホテルに戻ろうと準備していたらきらりさんから声をかけられた。「タクシーを手配したから一緒にどうぞ」 同じホテルに帰るのに断るのはあまりに他人行儀すぎると思い、お言葉に甘えて同乗させてもらうことにした。 帰りの車中、今日の感想など語り合いながら楽しく過ごしていたのに、ホテルが近づくにつれ口数が少なくなっていくきらりさん。「さすがにもう眠くなってきましたか?」 疲れたのかなと思ってそう尋ねると、微笑みながら首を横に振る。でもその笑顔は曇っていた。「今日はね、Vtuberをやりだしてから初めて!ってくらい本当に楽しかったの。それがもう終わっちゃったんだと思うとなんだか寂しくなってきちゃって」 そこまで楽しんでくれていたなんて!嬉しさに心が躍る。 同時にきらりさんの表情から、そんな楽しい時間が終わってしまったという寂寥感が感染してわたしの胸にも寂しさが湧き上がる。 でも、わたしときらりさんにはきっとこういう湿っぽい空気と言うのは似合わない。リスナーさんたちならそう思うはず。「祭りの後というのはどうしても寂しくなってしまいますよね。でも今日で終わりってわけじゃないですよ!今日もとっても好評だったしまたコラボしましょうよ。なんならリスナーさんから【またかよ】って言われるまで何度もやったっていいじゃないですか!」 そう言って笑いかけると、目にいっぱい涙を浮かべながら服の裾をつかんできた。「本当!?また一緒にやってくれる?これで終わりじゃない?またわたしと会ってくれる?」 う……そんな期待に満ちた目ですがりつかれると……。かわいい……。6歳年上なのにまるで少女のような顔で迫られてドキドキしてしまう。「も、もちろんですよ!またきらりさんと一緒に歌いたいし、今日みたいに楽しい時間を過ごせるのはこちらとしても大歓迎ですよ」 少しでも安心してもらえるようとびっきりの笑顔を向けると、ようやくきらりさんの顔に笑顔が戻ってきた。 車中は暗いからよく見えないけど心なしか顔が赤いような?「歌だけかぁ……わたしはそんなの関係なしにいつでもゆきさんに会いたいのに……」 ごにょごにょと聞こえないように言ったつもりなのだろうけど、タクシー内は思いのほか静かでしっかりと聞こえてしまった。 え
久しぶりの家族旅行ということで東京までやってきました。 はじめての東京と言うこともあってひよりちゃんは大はしゃぎ。いつも無口で無表情な茜でさえ目をキラキラさせています。 依子さんもゆきちゃんの保護者同伴という気持ちがどうしても抜けないのか、ずっとべったりでいますけど旅行そのものは楽しんでいるようでしきりにゆきちゃんに話しかけています。 妹2人がはしゃいであちこち見て回っているおかげで、ゆきちゃんの隣をゲットするチャンスができたので腕を抱きしめてしっかりとキープ。 隙があったら見逃しません。 でも初日の観光は収録の事前打ち合わせということでゆきちゃんがまだ日も高いうちから早めに離脱してしまったので少し残念です。 ですがわたし達4人姉妹も仲が悪いわけではなく、むしろ普通の姉妹に比べても仲はいい方なのでそのまま楽しく観光を続行。 お買い物はゆきちゃんも揃う明日に回そうということで観光スポットをまわることに。 東京は狭いようで意外と広く、雷門や東京タワーなど数カ所を回っただけでそれなりの時間になり予約しておいたホテルにチェックイン。 空いた時間を思い思いに過ごし、夕食ではホテルの豪華な食事を堪能。確かに美味しかったのですが、わたしとしてはやっぱりゆきちゃんの手料理が最高の五つ星です。 夕飯が済むとみんなそわそわしだして、何を考えているのか手に取るようにわかります。かくいうわたしも同じ心境ですから。 もうすぐゆきちゃんの初コラボの配信が始まると思うと気が気ではありません。夕飯が終わるとみんなしてそそくさと部屋に戻り、スマホとイヤホンを装着してスタンバイ。 空き室の都合上わたし達4人が4人部屋1室で同室になり、ゆきちゃんは両親と同室。 2人部屋しかなかったらゆきちゃんと同室になるチャンスもあったのに残念です。 刻一刻と時間が近づいてくるにつれて、楽しみな気持ちと心配がないまぜになった複雑な気分になっていきます。 はじめてのコラボ相手は大人気Vtuberとはいえあくまでも女の子。 スタジオではアバターもなしの素の姿で向かい合うことになるので、男女の垣根を超えた美しさを持つゆきちゃんの魅力にただならぬ感情を抱いてしまったらどうしましょう。 わたし達の弟はただ見ているだけで幸せな気分になれる妖精のような美貌をもっているのですが、困ったことに男女問