Masuk休み明け、今日もあか姉とひよりの3人で登校。学校が近づくにつれ同じように登校してくる生徒も増えてきて、転校したばかりの頃のように騒ぎになるようなことはなくなったけれど相変わらずいろんな人から声をかけられる。
先日会話したことのある上級生の館山先輩や下級生のしのぶちゃんなどなど上級生下級生問わずあちこちから挨拶が飛んでくる。
言葉を交わしたことのある人なら名前は憶えてるけど、一度も口をきいたことのない人に挨拶をされてもさすがに名前までは憶えていない。
てゆーか年上か年下なのかもわかんない。
あと広沢さんって呼ばれるとわたし達の誰に挨拶してるのかわからない。
「あか姉たちも広沢なんだからちゃんと挨拶はしないとだめだよ」
「みんなゆきが目当て。わたしは顔見知りにはちゃんとあいさつを返してる」
ひよりも同じらしく、たしかに2人とも相手によってはきちんと挨拶を返してる。クラスメートか何かなのだろう。ひよりいわく「わたしたちはゆきちゃんのおまけ」みたいなものだというのだけど。
「ナニソレ。アイドルじゃないんだから」
「すでに十分アイドル的存在なんだけど。わかってないなぁ……。自己評価がちゃんとできてない人はこれだから、ねぇ」
「ゆきの天然はいつものこと。そこがかわいい」
わたしは天然じゃないと反論したら天然の人は自分を天然と認めないとあか姉にバッサリやられた。いつもみんなに気配りして行動してるから気づかい上手って言われてるくらいなのに!
「気づかい上手と天然は両立する。特にゆきの場合は自分に向けられる好意に対して壊滅的に鈍いから。こんなんでいつか恋愛なんてできるのか姉は心配」
「れ、恋愛って!そんなの……わ、わたしにはまだ早いよ……」
わたしの好きな人……。恋する人。考えるとなぜか少し胸がチクっとする。人を好きになるって事に興味がないというわけじゃないけど、きっとわたしは生涯恋愛なんてしないだろう。
今は歌とダンスに気持ちが向いていて色恋沙汰に興味がいく暇もないってのもあるけど、年頃になってもわたしが好きになるような人は現れない。というよりも自分が家族以外の誰かを好きになるということを考えられない。
「なんかごびょごにょ言って誤魔化してる。ゆきちゃんが好きになる人ってどんな人なんだろうな」
「……ほら、もうすぐチャイムも鳴るし教室に行くよ」
あか姉が話を切ってくれたのでその話題はそれでおしまいになってそれぞれ教室へと向かう。いいタイミングで終わらせてくれて正直助かった。
今日の午前中は特筆するようなこともなく、平和な時間を過ごして昼休みを迎えた。給食を食べ終えてから何もする気が起きなかったので今日は男同士コミュニケーションをとって気兼ねなく話せる男友達を作ろうと、男子が集まっているところにわたしも話しかけていった。
相変わらず男子はわたしと話すときになかなか目を見て話してくれないし、どこかよそよそしい態度で会話するんだけどこれもそのうち慣れるだろうと思い、最近ハマっている配信者やアニメの話なんかを振っていくとわたしもチェックしてなかったような面白いコンテンツを教えてもらえてそれなりに会話が盛り上がった。
ただ単に友達を作ろうと頑張っていた、それまでは。
前触れもなく珍客来訪。
「おぅ、広沢ってのはどいつだぁ?」
すいません、生まれる時代を間違えてますよ。速やかに昭和にお帰りください。と言いたくなるようないわゆる時代遅れのヤンキーが教室に乗り込んできて、どうもわたしの名前を呼んでいる。
日本とアメリカに住んでいろんな人を見てきた経験があるつもりだったけど、こんな生き物は初めて見たので何の用かよりも興味の方が勝ってしまった。
「広沢はわたしですけど」
おそらく上級生だろう。教室に入ってきたときの周りの反応でそう推測した。なので念のため敬語で話しかけたのだけどその先輩(仮)はわたしの存在が視界に入るなり少しの間固まってしまった。
なんだろう。実は先輩じゃなかったとか?なんか周りのクラスメートがあーって悟ったような顔をしている。
何かわかったなら誰か教えて?わたしは目的、意図ともにさっぱりわからない。
「てめぇちょっとかわいいからって随分調子こいてるらしいじゃねぇか」
また不可解な単語を使われた。調子こくってどういうことだ?だいたい男がかわいいから調子に乗るって論理は成立するの?
「あの、お名前は存じませんしおそらく先輩だと思うんですけど、わたしと先輩は初対面ですよね?会話したこともない人に調子がどうのと言われても意味が良くわからないんですけど……」
「生意気言ってんじゃねぇぞ、オカマ野郎」
「そういう容姿への罵倒は小さいころから言われてきたことなんでどう思われようとかまわないですけど、初対面の人に生意気だと言われたのは生まれて初めてなので対応に困ってしまうんですけど……」
舌打ちをしながらちょっと殺気を出して迫ってきたのでさりげなく立ち位置を変える。ここなら何かあっても誰かが巻き添えになってケガをすることもないだろう。
それにしても相手がどんな人間かもわからないのにいきなり乗り込んでくるというのはどういうことだ。そうだ!こういう場面そういえば漫画なんかでみたことあるぞ。
「ねぇ、これってひょっとして絡まれてるってやつ?」
近くにいた男子生徒へ尋ねてみる。
「ひょっとしなくても絡まれてるね」
「おぉ!」
思わず目が輝く。まるで青春アニメの主人公になったようでテンションが上がってしまった。
「アメリカにいたころアニメや漫画で見たことある!学校のてっぺん狙って誰が一番強いか決めるっていうアレですよね!?で、この後はどうなるんですか!?男子トイレ?体育館裏?それともまさか河原で決闘とか!?ひょっとしてあなたが番長とかいう人ですか?」
レアなイベントに遭遇するとテンションが上がるのは仕方がないよね。周囲の人たちはなんで嬉しそうなんだって疑問に思ってるみたいだけど。
わたしも男の子だからそういうバトル系の漫画はけっこう持ってるし好きだったりもする。
こんな展開はまるでアニメの中の主人公になって青春を謳歌してるみたいでなんだか胸が熱くなるじゃないですか。
「これから決闘の申し込みですか?果たし状とかは持ってきたり……はしてないみたいですね。やっぱり決闘の時間は夕暮れ時ですか?」
「……てめぇふざけてんのかコノヤロー。今この場でやっちまってもいいんだぞ」
別にふざけてるわけじゃなくて興味が勝ってるだけなんだけど、相手はそんな風には思わないらしくいっそうすごんで近づいてくる。
うわぁ本当に距離ちかーい。鼻息かかりそう。
てゆーかこんな狭いところで暴れるつもり?その可能性はあるかと思って最低限の対処はしてあるけど危ないよ?根本的なことも分かってないってことはいわゆるチンピラってやつなのかな。
武道をしてるせいでつい相手の力量を測る癖があるからその先輩の事も観察していたけど、体はよく鍛えられており素人にしてはそれなりに強いんだろうなとは思う。
だけど、鍛える筋肉のバランスがいまいちだし、動きに無駄が多くてわたしの相手にならないのは最初から分かってたので対応にも余裕があった。体幹もしっかり鍛えないと将来腰痛に悩まされるよ。
「怪我したら痛いですよ」
「ケガするのはどっちかな!」
そういうなり拳を繰り出してくる。顔を狙わずに胸板を狙ってくるあたり少しは紳士的なのかなと見直したけど、やっぱりこんな狭い空間での暴力は周りへの迷惑を考えていない野蛮人と言わざるをえないな。
これは少々痛い目にあってもらってもいいでしょう。伸びてきた手首をつかむとそのまま相手の突進力を利用して投げ飛ばす。
机と机の間にうまく投げられたのはさっきさりげなく立ち位置を変えたから。よく鍛えてあると言ってもさすがに机の上にたたきつけたらケガしちゃうからね。
ぐえっとカエルみたいな声をだして床にたたきつけられた。
受け身のひとつも取れないなんて喧嘩慣れしてそうな割には中途半端。
木の床に背中からたたきつけられたらけっこう痛いはずだけどそこは根性の見せどころなんだろう。苦しそうながらなんとか立ち上がり、再度拳を繰り出してきた。
さっきので実力差が分からないから素人さんは面倒なんだよね。頭に血が上ったのか今度は遠慮なしに顔面狙い。わかりやすい人だ。
その単純極まりない拳をいなしながら捻り上げて足を払い、床に押さえつけた。
負け惜しみや虚勢の類なんだろうけどまだ何か喚きながらもがこうとしてるので少し力を入れて身動きできなくする。
力の入れ方によっては脱臼もさせられる危険な体勢なんだけどわかってんのかな。体重をかけて腕と背中に痛みを与えながら現実を教えてあげる。
「先輩もストリートファイトでは強い方の部類に入るのかもしれませんけど、武道の世界ではまだまだヒヨコどころか無精卵ですよ。そのまま温めてもヒヨコちゃんは出てきません。つまりまだまだってことですよ。わたしに勝ちたかったらインドの山奥で10年ほど修行でもしてきてください」
この程度の実力でかかってこられても本当に赤子の手をひねる様なもの。
押さえつけていた手をゆるめて先輩を立たせてあげて、体についた埃なんかを払ってあげながらそう言うとさすがの先輩も圧倒的な実力差に気が付いたのかそれ以上食って掛かってくるようなことはしなかった。
「おめーつえぇな。なんかやってんのか」
「柔道と合気道、古流武術でもうすぐ黒帯ですよ。あとマーシャルアーツもかじってますけど」
そういうと先輩はとんでもねーなと言いながらしっかりと自分の足で立ち、さっきとはうって変わった爽やかな笑顔を向けてくる。背中痛いだろうに。
「おめー気に入ったぜ」というセリフがこれまたなんとも昭和アニメ風なやりとりで面白い。青春ですね。吹き出しそうなのをこらえてたんだけど、その次に出てきたセリフで全部台無し。
「惚れたぜ。俺の女にならねーか」
?……頭の打ちどころでも悪かったのかな。これだから素人は厄介だ。
「俺の彼女になってくれ!」
「なにトチ狂ってんの!」
やっぱり打ちどころ悪かったか!わたしは男だよ!わけのわかんないこと言ってないでとっとと帰れ!
この愉快だけどアホな先輩を蹴りだすように教室から追い出して戻ってくると、さっきまで話してた男子たちが大丈夫かと気遣いながら寄ってきてくれる。野球部の木野村君が最初に声をかけてくれた。
「助けることもできずごめんな。男として情けない」
「わたしも男だから!でも弱そうな存在を守ろうとする姿勢は男の子って感じだね。そうゆうところけっこう好きだよ」
助けようと思ってくれた木野村君に感謝の気持ちを込めて笑顔でお礼を言うと奇妙な音を発しながら顔をそむけられた。なんか耳が赤いような気もするけど、それよりよく聞こえない声でブツブツ言ってる。
(男……、広沢は男……)他の生徒がわかるぞーみたいな顔で木野村君の肩をポンポンとしてるけど、なんかおかしなことしちゃった?
「それにしてもダンスのキレがすごかったから運動神経がいいのは分かってたけど、こんなに強いとは思わなかったよ」
まだ赤い顔のままでわたしを直視してくれない木野村君に変わってそう聞いてきたのは成績優秀な槇塚君。
「わたしこの見た目通り昔から華奢だったからさ、護身術くらいはと思ってね。武道の黒帯って聞くだけでうかつに手を出せないような威圧感あるでしょ。まだ黒帯もらえてないけど」
「なるほど。さっきも先にそのこと言えばよかったのに。それになんで空手はやらなかったんだ?変なのを撃退するのは空手が一番手っ取り早そうな気もするんだけど」
武道を手あたり次第習っていたわたしはもちろん空手にも手を出してはいる。
一応帯を取れるくらいの実力はあるけどそこまで本気ではやっていない。どうしても相手を傷つけてしまう確率の高くなる空手は好んでやろうとは思えなかったからだ。
それに空手をやっていると聞くと余計好戦的になる輩もいると聞くのでそれも含めて空手は敬遠してしまっている。
そんな説明をすると天狗になってると思われそうなものだけど、逆に感心されてしまった。
「絡んでくる相手にまでケガさせたくないとか広沢は優しいんだな」
なるほど、面と向かって褒められるとけっこう照れるな、今度はわたしの顔が赤くなる番だ。気持ちがわかったよ木野村君(分かってない)
「誰に対してもってことじゃないよ。わたしの大切な人を傷つけるような人にはけっこう容赦ないから」
はにかみ笑いでそんなことを言って誤魔化す。
「それも優しさの一種だろ」
「そんな褒めてもなんも出ないぞ」
「ちぇ。広沢のお弁当くらいごちそうしてもらえるかと思ったのに」
それくらいなら毎日やっていることだし得意分野でもある。褒め殺しにかなり照れくさくなっていたのでつい「機会があったらいいよ」と答えてしまっていた。
実際にそんな機会なんて土日の部活に出てる子か遠足の時くらいしかないんだけど。
「マジで!?」
いっせいに他の男子が騒ぎ出す。「ずりーぞ!」「テメーさりげに点数稼ぎやがって!」「俺にもよこせ!」割とガチ目の批難が槇塚くんに浴びせられている。
涙目になっている子もいるし、けっこう本気モードっぽい。男の作ったお弁当にそこまでの価値があるもんなんだろうか?
「あーやっちゃったねー」
噂好きでクラスのムードメーカー的な穂香が寄ってきてそんなことを言う。
「なんで?友達同士でおかずの交換するとか普通の事じゃないの?」
「はぁ……同性同士でやるのとはちが……いや、ゆきも男の子だったね。あー、でもそのビジュアルはみんなを混乱させるんだよ。にもかかわらず本人はあくまで同性のつもりだし。まったく無自覚さんはこれだから」
「中身はちゃんと男だよ?」
「そんなあどけない顔で言われても説得力がね……。まぁ、ゆきはそのまんまでいいんだよ。そんな純粋で天然なゆきが大好きだからね!」
クラスでも天然と言われてしまった。自分のどこらへんが天然っぽいのかさっぱりわからないけど、表情を見ればけなされているわけじゃないのは分かる。大切な友達から大好きと言われるのはけっこう嬉しかったので、「わたしも穂香の事大好きだよ」と微笑む。
「ぬはぁ……。女の私でもけっこうくるな、こりゃ。年頃の男子どもはひとたまりもないか……」
「?」
「まぁどのみち男どもに弁当を作ってあげるのはやめときな。なんか血を見そうな雰囲気だし、どうせなら部活で腹ペコになっているわたし達にゆきのお弁当を差し入れておくれ」
家庭科の調理実習でわたしの料理の腕前はみんな知っている。そのときもみんなわたしの作ったのが一番おいしいと言って食べてくれていた。
土日の午前中なら空いている時間に作って持ってくることもできるし、それでみんなが幸せそうな笑顔を見せてくれるなら持ってきてもかまわない。部活にも少し興味はあるし。
「たまにならいいけど」と言うが早いかさっそく「ゆきちゃんのから揚げが食べたい!」と文香からの即答。
文香がリクエストをすると他の女の子たちも乗っかってきてそこからはわたしがどんな料理を作れるかなどの話になってしまい、結局男子と仲良くなる計画は珍客来訪からの流れで話題を変えられてしまい中途半端に終わってしまった。
ホテルの部屋でお菓子パーティー。「それじゃ、女子会始めるぞ~」「「「いえーい!」」」 女子会じゃねー! ここに! 男の子が! いますから! 忘れんな!「まぁまぁゆきちゃん、見た目だけの話だから」 そうか、見た目だけならまぁ。 とでも言うと思ったか?「はい、ゆきちゃん」 かの姉にチョコレートを口に放り込まれた。うん、美味しい。「ゆき、餌付け」 違うわ。 まぁ甘いものを食べると大人しくはなるんだけど。これって餌付け? コンビニでかの姉の見つけたフルーツジュースが美味しそうだったので、いろんな味のものを買い込んできた。 わたしが最初に飲んだのはシャインマスカット。渋味のないブドウの味が爽やかで、あっという間に飲み干してしまった。おいちい。 ひよりもいよかんをすっかり飲んでしまっている。そんなに美味しかったのか。柑橘系好きだもんねぇ。 あか姉はパイナップル。普通のジュースなんだけどあか姉が飲むと独特だなぁと思ってしまうのはなんでだろう。 でも不思議なことにこのジュースを飲んでると、塩気の物がほしくなるんだよね。なんでだろ。 梨味のジュースを飲みながらより姉の買ってきたビーフジャーキーをガジガジ。普段はこういうものをあんまり食べないんだけど、体が塩分を欲しているような気がする。「ゆきちゃ~ん、なんだか気持ちよくなってきちゃった~」 そう言ってひよりがしな垂れかかってきた。なんか最近こういうシチュエーションになったことがあるような気もするけど、まぁいいか。楽しいし。 梨味のジュースもすぐに飲み終わり、次に手に取ったのは白桃。桃の味ってなんだか優しくて懐かしい気持ちになるよね。「こんなおいしいジュース初めてかも~。地元にも売ってるのかなぁ」 缶を眺めて商品名を確認。なるほど、日本のプレミアムということで産地の名前が記載されている。わたしが今飲んでる白桃は福島県産なのね。 震災から復興してる街を応援するためにもどんどん飲まないと。「わたしなんだか熱くなってきたかも。少し脱ごうっと」 女装して出かけていたのでインナーに来ていたのはキャミソール。「あははは。男の子なのにキャミソールって! おかしー!」 自分の姿が妙におかしくなってしまい大爆笑。なんだか気分もいいし、下も脱いじゃおう。「あははは! キャミにドロワーって! どこ
「ふわぁ~気持ちいい~」 フラフラのより姉。「あははは! よろこさん酔いすぎです~」 かの姉、あんたもだよ。誰だよろこって。呂律が回ってねー。 わたしがより姉に肩を貸し、かの姉にはあか姉が肩を貸している。ひよりにはお水と万が一に備えてのエチケット袋を用意させてある。「真っすぐ歩け酔っ払いども!」「あたしは真っすぐ歩いてるぞ~。道が曲がりくねってるのが悪いんだぁ」「そうですよねぇ。S字クランクが連続してます~。教習所ですかぁ?」 一般道だよ。道もこれ以上ないくらい真っすぐだよ。 酔っ払いどもをどうにか電車に押し込み、ホッと一息。Suicaくらい自分で出せっての。 電車内は人でごった返している。地元の球団のユニホームやメガホンを持った人が多いのは試合でもあったのかな? そういえば今年は成績が良くて、優勝も視野に入ってるんだっけ。野球はあんまり詳しくないから分かんないけど。「ちょっとより姉。ちゃんと立って。電車内で座り込んだらダメだって」 足に力が入っていないのか、放っておくとずりずりと沈み込んでいってしまう。「ゆき~だっこ~」 人がいっぱいの車内で何言ってんだ。「あれ、YUKIちゃんやん」「ほんまや。生で見たらめっちゃ可愛い」「やっぱり姉ちゃん達と仲ええんやなぁ」「YUKIちゃんって男の娘やろ? ハーレムやん」 ハ、ハーレム!? そ、そんな風に見えるのか? アラブの石油王じゃあるまいし……。「そうかな。どう見ても百合にしか見えやんよ」「確かに! 百合の園やわ」 ですよねぇ。知ってました。「そういやユニバのナイトショーに出てたんやろ? うちも見に行きたかったわぁ」「ほんまに? それは行きたかったな。またやってくれへんのかな」「急遽決まったみたいやし、無理ちゃうかな」 漏れ聞こえてくる情報からすると、先日のナイトショーは結構な評判になっているようだ。 またやって欲しいという声はありがたいけど……。「ゆきちゃんよかったね。好評だったみたいじゃん」「……そうだね。みんなが楽しんでくれたならよかったよ」「また、やりたいんじゃないの?」「ううん、そんなことないよ。あの日一日で十分だよ」 わたしは本当に嘘つきだ。本当はステージに立ってみんなに歌声を届けたい。 だけど、わたしにはその機会は永遠に訪れることはないんだ。「ゆきちゃ
スイーツ巡りを堪能した後、腹ごなしも兼ねてあちこちを散策して回った。 普段はあまり行かないゲーセンでリズムゲーをしたり、ボーリングやビリヤードで体を動かして消化を促す。 三時間もする頃にはお腹が空いてきた。「もう腹減ったのかよ。どんだけ胃腸が丈夫なんだ」「健康優良児と言ってくれるかな」「まぁいいけどよ。それで、何を食べたいか決めてあるのか?」 今日出かける前に、それぞれ何を食べたいかを決めておくようにと言われている。 わたしもいろいろ探してたんだけど、さすが大阪。食べたいものがいろいろありすぎて困っちゃう。「わたしはまだ決めきれてない……」「なんだ、いつも率先して決めるゆきにしては珍しいな」 だってどれも美味しそうなんだもの。「わたしはお好み焼きが食べたいです」「またかよ! 楓乃子は昼にも食べてただろうが。どんだけ粉もんが好きなんだ」 わたしも一口もらったし、お好み焼きはどっちかというとお昼ごはんにでも食べたいかな。「もつ鍋」「相変わらず選択が渋いな、茜。たしかに美味そうだな」 もつ鍋は候補に入ってなかったけど、確かに美味しそう! 悩みが増えてしまった。「わたしはね! 串カツが食べたいなー!」 それそれ! 大阪といえば串カツだよねー。でもてっちりとか、居酒屋で土手焼きなんかも美味しそうなんだよね。「ひよりはあたしと同じだな。それで、ゆきはどうする? 今のところ串カツに二票だが」「うーん、うーん」「どんだけ悩んでるんだ。ちなみに候補はいくつあるんだ?」「居酒屋てっちりもつ鍋串カツかすうどんイカ焼き中華肉吸いたこ焼き……」「待て待て待て。いくつ出てくんだよ。呪文みたいになってるじゃねーか」 体がいくつも欲しい。「ゆきの候補にもあったし、二票入ってるし、串カツにするか。ゆきも別に文句はねーだろ?」 あの呪文をちゃんと聞きとってたのか。より姉もやるな。「もちろん! ソースは二度漬け禁止だからね」「それくらい知ってるっての。全体をひたひたに漬けて食べるんだろ」 より姉のことだから何度もじゃぶじゃぶ漬けるんじゃないかと心配だったけど、それくらいは知っているようだ。「それじゃ、さっそく向かおうか! お店はあたしが探してあるからよ」 おぉ、より姉がリーダーシップを発揮している。 さすが長女、頼もしい。 わたし達は
「うん、美味しそう!」 ずらりと並んだ多種多様な食べ物。 普段あまり口にすることのないいろんな料理を前にして、期待を隠せないわたし達。 わたしが注文したのはボタニカリー。 鶏がらスープに玉ねぎ、野菜、スパイス、ハーブが煮込まれていてスパイシーで美味しいし、副菜がアートのように盛り付けられている。 より姉はシンガポールチキンライス。 かの姉はお好み焼き。 あか姉はキーマカレー。 ひよりはハラミ重と黒毛和牛フィレステーキ トリュフがけ。「ステーキはみんなで食べようね」 そう言って購入しようとしているのはいいけれど、お値段がべらぼうに高い!「ちょっとひより、お小遣い大丈夫なの?」「そろそろなくなりそうだから、ゆきちゃんに借りないとダメかも」 そう言って苦笑いするひより。苦しいなら無理してステーキなんて注文しなくていいのに。「だってみんなでシェアするもの欲しいじゃない」 そんな可愛らしいセリフを言われては止めることもできない。 もう、みんなのことを考えてくれるのは嬉しいけど、やりすぎだよ。「そのステーキはわたしが買うから。ひよりはこの後に行くデザートでお金を使いなよ」「そんな悪いよ。わたしが勝手に買おうとしてるだけなんだし」「みんなのためでしょ? わたしもみんなと食べたいから買うだけだよ」 みんなで食べるものを末っ子に負担させるというのもなかなかに目覚めが悪い。 ここは一番経済力のあるわたしが出してもみんなから異論は出ないだろう。「ゆきちゃん、ありがとう」「いいんだよ。どれも美味しそうだね」「うん!」 元気よく返事をするひより。ほんとに良い子だ。 フィレステーキも含め、みんなでシェアした料理を堪能してお昼ご飯の時間は過ぎていった。「さて、いよいよ今日の本番だね!」「昼飯食ったばっかじゃねーか。もう食べ歩きすんのか?」「もちろん! 時間は有限、甘いものは別腹! 時間の許す限り食べつくすよ!」 すでに候補は三つほど見繕ってある。あとは観光がてらにあちこち探し回るのもいいだろう。 ということで最初に向かうはハービスプラザ四階にあるチョコレート専門店。 わたしはショコラパフェ、ひよりはチョコラータケーキ、あか姉はタルト・オ・ショコラ。 より姉とかの姉はハーブティーのみ。「せっかくスイーツを食べに来てるのにもったい
大阪旅行も半分を過ぎてしまった。 明日にはもう帰りの電車に乗っているのかと思うと、少し寂しいものがある。考えてみればいろんなことがあったな。 たくさんのことがありすぎて、まだ四日目だというのが信じられないくらい。もう二週間近く経ったような……。そんなわけないよね。 今日はいよいよ食べ歩きの日……なんだけどまだみんな眠っている。 とっくに朝ごはんの時間は過ぎており、誰も起きる気配がないので一人で食べに行った。 なんでこんなことになったかというと。「はい、ひよりさん、茜、お茶入れましたよ」「あ、かの姉ありがと。ん? なんだか変な味のするお茶だね」「これは……おいしい」 かの姉が淹れたのはただの烏龍茶のはずなんだけど。変な味のする烏龍茶ってなんだろう。 まぁみんな機嫌よく遊んでるし、わたしもテレビを見ていよう。 と、思っていたんだけど。 しばらく時間が経って。「あはははは! なんだかわかんないけどおかしー!」「えへへへへ。ひよりご機嫌」 いや二人ともご機嫌になってるし。何があった。「ゆきちゃ~ん」 突然ひよりが飛びついてきた。めっちゃ懐いてくるし。って酒くっさ!「ちょっとかの姉! 二人に何飲ませたの!?」 犯人はやつしかいない。さっき飲ませてた烏龍茶に何かあるはずだ。「わたしは依子さんが作ったお茶を二人にお渡ししただけですよ~」 なんだかいつも以上にフワフワした感じで応えるかの姉。この状況で嘘をつくとは考えにくい。 となると下手人は決まったようなものだ。「より姉?」「なんだよ。あたしは楓乃子が飲むと思ってウーロンハイを作ってやっただけだっての~」 やっぱりお酒じゃねーか! しかも微妙にどっちが悪いと決めにくい状況にしてやがる。狙ってるのか?「そんなことよりゆきも飲めよ~」「未成年に勧めるなって前から言ってるでしょ! 飲ませるのも犯罪なんだからね!」 ほんとにこの酔っ払いどもめ。あか姉とひよりも出来上がってしまったのか、上機嫌で笑っている。何が可笑しいのやら、ちょっと怖い。「さっきのお茶もっと欲しい」「あか姉はそれ以上のんじゃダメだってば!」 おかわりをせがんでくるあか姉を阻止。ひよりも飲みたそうにしてるけど、ダメだからね。 だけど初めて飲んだお酒はなかなか体から抜けないのか、その後もしばらくどんちゃん騒ぎ
大阪滞在三日目。 昨日までのテーマパークを離れ、今日はまず水族館にやってきた。「でっかーい!」 ひよりがジンベエザメを見て歓声を上げる。「ジンベエザメは魚の中で一番大きい生物だからね。飼うのが難しいから、日本でも三カ所かでしか見られないんだよ」 全て西日本に集中していて、東日本では見ることが出来ないらしい。 しかも残りは鹿児島と沖縄だから、東日本から見に来ようと思ったら大阪が最寄。「ん? 一番大きい魚はクジラじゃねーのか?」「え?」「お?」 おいおい、マジか。「より姉、クジラは哺乳類だって知らないの?」「そうなのか? じゃーサメも哺乳類なのか?」 サメは魚だって言ってんでしょうが。「サメは卵で子供を産むんだよ。キャビアとか知ってるでしょ。卵じゃなくって子供をそのまま産むのが哺乳類。母乳をあげる動物だね」「水の中で産むのか。溺れねーか?」 どこまで本気なんだろう、この人。「もともと水の中に住んでるんだから大丈夫だよ。まぁ母乳は海水中に出して、赤ちゃんは海水ごと飲むらしいけどね」「マジか。しょっぱいミルクだな」 だから海水の中に住んでるって言ってんだろ。四六時中しょっぱいわ。 意識してるのかわかんないけどちょいちょいバカを発揮してるよなぁ。 会話が聞こえてしまったのか、周囲の人がくすくすと笑っている。ちょっと恥ずかしい。「次行こうか。ほら、あっちにクラゲの水槽があるよ。わたしクラゲ見たいな」 より姉の腕を取って連行。バカなことばっかり言ってないで、幻想的な光景を見て心を洗ってください。「おぉ。クラゲだ」 そのまんまやんけ。 もうちょい他にないのか。「ほらほら、半透明でキレイでしょ。触手には毒があるけど、見てる分にはキレイだよね」「まぁキレイと言えばキレイだが。……こいつらがいる意味ってなんだ?」 また身も蓋もないことを。「ぷかぷかと漂ってるだけだろ。ちゃんとメシ食ってんのか」 クラゲをじっと見つめてご飯の心配をしてあげる女性の図。プランクトンとか教えても「どこに口があるんだ」とか言いそう。「ずっとふよふよしてるだけで気楽そうだな。何のために生きてるんだろうな」 クラゲの生きてる意味を真剣に考える人なんて初めて見たよ。 彼らには脳がないからそんなことを考えることもないんだろうけど。 生きてる意味か。