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第13話 男友達獲得作戦

Auteur: あるて
last update Date de publication: 2025-12-17 21:33:57

 休み明け、今日もあか姉とひよりの3人で登校。学校が近づくにつれ同じように登校してくる生徒も増えてきて、転校したばかりの頃のように騒ぎになるようなことはなくなったけれど相変わらずいろんな人から声をかけられる。

 先日会話したことのある上級生の館山先輩や下級生のしのぶちゃんなどなど上級生下級生問わずあちこちから挨拶が飛んでくる。

 言葉を交わしたことのある人なら名前は憶えてるけど、一度も口をきいたことのない人に挨拶をされてもさすがに名前までは憶えていない。

 てゆーか年上か年下なのかもわかんない。

 あと広沢さんって呼ばれるとわたし達の誰に挨拶してるのかわからない。

「あか姉たちも広沢なんだからちゃんと挨拶はしないとだめだよ」

「みんなゆきが目当て。わたしは顔見知りにはちゃんとあいさつを返してる」

 ひよりも同じらしく、たしかに2人とも相手によってはきちんと挨拶を返してる。クラスメートか何かなのだろう。ひよりいわく「わたしたちはゆきちゃんのおまけ」みたいなものだというのだけど。

「ナニソレ。アイドルじゃないんだから」

「すでに十分アイドル的存在なんだけど。わかってないなぁ……。自己評価がちゃんとできてない人はこれだから、ねぇ」

「ゆきの天然はいつものこと。そこがかわいい」

 わたしは天然じゃないと反論したら天然の人は自分を天然と認めないとあか姉にバッサリやられた。いつもみんなに気配りして行動してるから気づかい上手って言われてるくらいなのに!

「気づかい上手と天然は両立する。特にゆきの場合は自分に向けられる好意に対して壊滅的に鈍いから。こんなんでいつか恋愛なんてできるのか姉は心配」

「れ、恋愛って!そんなの……わ、わたしにはまだ早いよ……」

 わたしの好きな人……。恋する人。考えるとなぜか少し胸がチクっとする。人を好きになるって事に興味がないというわけじゃないけど、きっとわたしは生涯恋愛なんてしないだろう。

 今は歌とダンスに気持ちが向いていて色恋沙汰に興味がいく暇もないってのもあるけど、年頃になってもわたしが好きになるような人は現れない。というよりも自分が家族以外の誰かを好きになるということを考えられない。

「なんかごびょごにょ言って誤魔化してる。ゆきちゃんが好きになる人ってどんな人なんだろうな」

「……ほら、もうすぐチャイムも鳴るし教室に行くよ」

 あか姉が話を切ってくれたのでその話題はそれでおしまいになってそれぞれ教室へと向かう。いいタイミングで終わらせてくれて正直助かった。

 今日の午前中は特筆するようなこともなく、平和な時間を過ごして昼休みを迎えた。給食を食べ終えてから何もする気が起きなかったので今日は男同士コミュニケーションをとって気兼ねなく話せる男友達を作ろうと、男子が集まっているところにわたしも話しかけていった。

 相変わらず男子はわたしと話すときになかなか目を見て話してくれないし、どこかよそよそしい態度で会話するんだけどこれもそのうち慣れるだろうと思い、最近ハマっている配信者やアニメの話なんかを振っていくとわたしもチェックしてなかったような面白いコンテンツを教えてもらえてそれなりに会話が盛り上がった。

 ただ単に友達を作ろうと頑張っていた、それまでは。

 前触れもなく珍客来訪。

「おぅ、広沢ってのはどいつだぁ?」

 すいません、生まれる時代を間違えてますよ。速やかに昭和にお帰りください。と言いたくなるようないわゆる時代遅れのヤンキーが教室に乗り込んできて、どうもわたしの名前を呼んでいる。

 日本とアメリカに住んでいろんな人を見てきた経験があるつもりだったけど、こんな生き物は初めて見たので何の用かよりも興味の方が勝ってしまった。

「広沢はわたしですけど」

 おそらく上級生だろう。教室に入ってきたときの周りの反応でそう推測した。なので念のため敬語で話しかけたのだけどその先輩(仮)はわたしの存在が視界に入るなり少しの間固まってしまった。

 なんだろう。実は先輩じゃなかったとか?なんか周りのクラスメートがあーって悟ったような顔をしている。

 何かわかったなら誰か教えて?わたしは目的、意図ともにさっぱりわからない。

「てめぇちょっとかわいいからって随分調子こいてるらしいじゃねぇか」

 また不可解な単語を使われた。調子こくってどういうことだ?だいたい男がかわいいから調子に乗るって論理は成立するの?

「あの、お名前は存じませんしおそらく先輩だと思うんですけど、わたしと先輩は初対面ですよね?会話したこともない人に調子がどうのと言われても意味が良くわからないんですけど……」

「生意気言ってんじゃねぇぞ、オカマ野郎」

「そういう容姿への罵倒は小さいころから言われてきたことなんでどう思われようとかまわないですけど、初対面の人に生意気だと言われたのは生まれて初めてなので対応に困ってしまうんですけど……」

 舌打ちをしながらちょっと殺気を出して迫ってきたのでさりげなく立ち位置を変える。ここなら何かあっても誰かが巻き添えになってケガをすることもないだろう。

 それにしても相手がどんな人間かもわからないのにいきなり乗り込んでくるというのはどういうことだ。そうだ!こういう場面そういえば漫画なんかでみたことあるぞ。

「ねぇ、これってひょっとして絡まれてるってやつ?」

 近くにいた男子生徒へ尋ねてみる。

「ひょっとしなくても絡まれてるね」

「おぉ!」

 思わず目が輝く。まるで青春アニメの主人公になったようでテンションが上がってしまった。

「アメリカにいたころアニメや漫画で見たことある!学校のてっぺん狙って誰が一番強いか決めるっていうアレですよね!?で、この後はどうなるんですか!?男子トイレ?体育館裏?それともまさか河原で決闘とか!?ひょっとしてあなたが番長とかいう人ですか?」

 レアなイベントに遭遇するとテンションが上がるのは仕方がないよね。周囲の人たちはなんで嬉しそうなんだって疑問に思ってるみたいだけど。

 わたしも男の子だからそういうバトル系の漫画はけっこう持ってるし好きだったりもする。

 こんな展開はまるでアニメの中の主人公になって青春を謳歌してるみたいでなんだか胸が熱くなるじゃないですか。

「これから決闘の申し込みですか?果たし状とかは持ってきたり……はしてないみたいですね。やっぱり決闘の時間は夕暮れ時ですか?」

「……てめぇふざけてんのかコノヤロー。今この場でやっちまってもいいんだぞ」

 別にふざけてるわけじゃなくて興味が勝ってるだけなんだけど、相手はそんな風には思わないらしくいっそうすごんで近づいてくる。

 うわぁ本当に距離ちかーい。鼻息かかりそう。

 てゆーかこんな狭いところで暴れるつもり?その可能性はあるかと思って最低限の対処はしてあるけど危ないよ?根本的なことも分かってないってことはいわゆるチンピラってやつなのかな。

 武道をしてるせいでつい相手の力量を測る癖があるからその先輩の事も観察していたけど、体はよく鍛えられており素人にしてはそれなりに強いんだろうなとは思う。

 だけど、鍛える筋肉のバランスがいまいちだし、動きに無駄が多くてわたしの相手にならないのは最初から分かってたので対応にも余裕があった。体幹もしっかり鍛えないと将来腰痛に悩まされるよ。

「怪我したら痛いですよ」

「ケガするのはどっちかな!」

 そういうなり拳を繰り出してくる。顔を狙わずに胸板を狙ってくるあたり少しは紳士的なのかなと見直したけど、やっぱりこんな狭い空間での暴力は周りへの迷惑を考えていない野蛮人と言わざるをえないな。

 これは少々痛い目にあってもらってもいいでしょう。伸びてきた手首をつかむとそのまま相手の突進力を利用して投げ飛ばす。

 机と机の間にうまく投げられたのはさっきさりげなく立ち位置を変えたから。よく鍛えてあると言ってもさすがに机の上にたたきつけたらケガしちゃうからね。

 ぐえっとカエルみたいな声をだして床にたたきつけられた。

 受け身のひとつも取れないなんて喧嘩慣れしてそうな割には中途半端。

 木の床に背中からたたきつけられたらけっこう痛いはずだけどそこは根性の見せどころなんだろう。苦しそうながらなんとか立ち上がり、再度拳を繰り出してきた。

 さっきので実力差が分からないから素人さんは面倒なんだよね。頭に血が上ったのか今度は遠慮なしに顔面狙い。わかりやすい人だ。

 その単純極まりない拳をいなしながら捻り上げて足を払い、床に押さえつけた。

 負け惜しみや虚勢の類なんだろうけどまだ何か喚きながらもがこうとしてるので少し力を入れて身動きできなくする。

 力の入れ方によっては脱臼もさせられる危険な体勢なんだけどわかってんのかな。体重をかけて腕と背中に痛みを与えながら現実を教えてあげる。

「先輩もストリートファイトでは強い方の部類に入るのかもしれませんけど、武道の世界ではまだまだヒヨコどころか無精卵ですよ。そのまま温めてもヒヨコちゃんは出てきません。つまりまだまだってことですよ。わたしに勝ちたかったらインドの山奥で10年ほど修行でもしてきてください」

 この程度の実力でかかってこられても本当に赤子の手をひねる様なもの。

 押さえつけていた手をゆるめて先輩を立たせてあげて、体についた埃なんかを払ってあげながらそう言うとさすがの先輩も圧倒的な実力差に気が付いたのかそれ以上食って掛かってくるようなことはしなかった。

「おめーつえぇな。なんかやってんのか」

「柔道と合気道、古流武術でもうすぐ黒帯ですよ。あとマーシャルアーツもかじってますけど」

 そういうと先輩はとんでもねーなと言いながらしっかりと自分の足で立ち、さっきとはうって変わった爽やかな笑顔を向けてくる。背中痛いだろうに。

「おめー気に入ったぜ」というセリフがこれまたなんとも昭和アニメ風なやりとりで面白い。青春ですね。吹き出しそうなのをこらえてたんだけど、その次に出てきたセリフで全部台無し。

「惚れたぜ。俺の女にならねーか」

 ?……頭の打ちどころでも悪かったのかな。これだから素人は厄介だ。

「俺の彼女になってくれ!」

「なにトチ狂ってんの!」

 やっぱり打ちどころ悪かったか!わたしは男だよ!わけのわかんないこと言ってないでとっとと帰れ!

 この愉快だけどアホな先輩を蹴りだすように教室から追い出して戻ってくると、さっきまで話してた男子たちが大丈夫かと気遣いながら寄ってきてくれる。野球部の木野村君が最初に声をかけてくれた。

「助けることもできずごめんな。男として情けない」

「わたしも男だから!でも弱そうな存在を守ろうとする姿勢は男の子って感じだね。そうゆうところけっこう好きだよ」

 助けようと思ってくれた木野村君に感謝の気持ちを込めて笑顔でお礼を言うと奇妙な音を発しながら顔をそむけられた。なんか耳が赤いような気もするけど、それよりよく聞こえない声でブツブツ言ってる。

(男……、広沢は男……)他の生徒がわかるぞーみたいな顔で木野村君の肩をポンポンとしてるけど、なんかおかしなことしちゃった?

「それにしてもダンスのキレがすごかったから運動神経がいいのは分かってたけど、こんなに強いとは思わなかったよ」

 まだ赤い顔のままでわたしを直視してくれない木野村君に変わってそう聞いてきたのは成績優秀な槇塚君。

「わたしこの見た目通り昔から華奢だったからさ、護身術くらいはと思ってね。武道の黒帯って聞くだけでうかつに手を出せないような威圧感あるでしょ。まだ黒帯もらえてないけど」

「なるほど。さっきも先にそのこと言えばよかったのに。それになんで空手はやらなかったんだ?変なのを撃退するのは空手が一番手っ取り早そうな気もするんだけど」

 武道を手あたり次第習っていたわたしはもちろん空手にも手を出してはいる。

 一応帯を取れるくらいの実力はあるけどそこまで本気ではやっていない。どうしても相手を傷つけてしまう確率の高くなる空手は好んでやろうとは思えなかったからだ。

 それに空手をやっていると聞くと余計好戦的になる輩もいると聞くのでそれも含めて空手は敬遠してしまっている。

 そんな説明をすると天狗になってると思われそうなものだけど、逆に感心されてしまった。

「絡んでくる相手にまでケガさせたくないとか広沢は優しいんだな」

 なるほど、面と向かって褒められるとけっこう照れるな、今度はわたしの顔が赤くなる番だ。気持ちがわかったよ木野村君(分かってない)

「誰に対してもってことじゃないよ。わたしの大切な人を傷つけるような人にはけっこう容赦ないから」

 はにかみ笑いでそんなことを言って誤魔化す。

「それも優しさの一種だろ」

「そんな褒めてもなんも出ないぞ」

「ちぇ。広沢のお弁当くらいごちそうしてもらえるかと思ったのに」

 それくらいなら毎日やっていることだし得意分野でもある。褒め殺しにかなり照れくさくなっていたのでつい「機会があったらいいよ」と答えてしまっていた。

 実際にそんな機会なんて土日の部活に出てる子か遠足の時くらいしかないんだけど。

「マジで!?」

 いっせいに他の男子が騒ぎ出す。「ずりーぞ!」「テメーさりげに点数稼ぎやがって!」「俺にもよこせ!」割とガチ目の批難が槇塚くんに浴びせられている。

 涙目になっている子もいるし、けっこう本気モードっぽい。男の作ったお弁当にそこまでの価値があるもんなんだろうか?

「あーやっちゃったねー」

 噂好きでクラスのムードメーカー的な穂香が寄ってきてそんなことを言う。

「なんで?友達同士でおかずの交換するとか普通の事じゃないの?」

「はぁ……同性同士でやるのとはちが……いや、ゆきも男の子だったね。あー、でもそのビジュアルはみんなを混乱させるんだよ。にもかかわらず本人はあくまで同性のつもりだし。まったく無自覚さんはこれだから」

「中身はちゃんと男だよ?」

「そんなあどけない顔で言われても説得力がね……。まぁ、ゆきはそのまんまでいいんだよ。そんな純粋で天然なゆきが大好きだからね!」

 クラスでも天然と言われてしまった。自分のどこらへんが天然っぽいのかさっぱりわからないけど、表情を見ればけなされているわけじゃないのは分かる。大切な友達から大好きと言われるのはけっこう嬉しかったので、「わたしも穂香の事大好きだよ」と微笑む。

「ぬはぁ……。女の私でもけっこうくるな、こりゃ。年頃の男子どもはひとたまりもないか……」

「?」

「まぁどのみち男どもに弁当を作ってあげるのはやめときな。なんか血を見そうな雰囲気だし、どうせなら部活で腹ペコになっているわたし達にゆきのお弁当を差し入れておくれ」

 家庭科の調理実習でわたしの料理の腕前はみんな知っている。そのときもみんなわたしの作ったのが一番おいしいと言って食べてくれていた。

 土日の午前中なら空いている時間に作って持ってくることもできるし、それでみんなが幸せそうな笑顔を見せてくれるなら持ってきてもかまわない。部活にも少し興味はあるし。

「たまにならいいけど」と言うが早いかさっそく「ゆきちゃんのから揚げが食べたい!」と文香からの即答。

 文香がリクエストをすると他の女の子たちも乗っかってきてそこからはわたしがどんな料理を作れるかなどの話になってしまい、結局男子と仲良くなる計画は珍客来訪からの流れで話題を変えられてしまい中途半端に終わってしまった。

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